秋の陽が傾き、空が金色に染まる頃、家の仏壇にはひときわ素朴な菓子が供えられる。艶やかに炊き上げた小豆の餡に、ふっくらとした餅米を包んだ“おはぎ”。口に運べば、小豆のほろ苦い甘さと、餅米のもちもちとした食感が重なり、しみじみとした滋味が広がる。日本人にとって秋のお彼岸は、家族や先祖とつながる時間。その象徴的な食べ物が、この「おはぎ」なのである。

お彼岸とおはぎの関係
お彼岸とは
お彼岸は春分・秋分を挟む7日間に行われる仏教行事。太陽が真東から昇り、真西に沈むこの時期は、極楽浄土(西方浄土)と現世が最も近づくと信じられ、先祖供養が行われてきた。日本独自に発展した習わしであり、墓参りや仏壇への供物が欠かせない。
なぜ“おはぎ”なのか
彼岸のお供え物として小豆餡を使った餅菓子が定着したのは、赤い小豆の色が魔除けの意味を持つからとされる。古来、赤は邪気を祓い、災厄から守る力があると考えられていた。秋のお彼岸には「おはぎ」、春には「ぼた餅」を供える。呼び方の違いは季節の花に由来し、春は牡丹、秋は萩にちなむ。
実は江戸時代以前には「萩の餅」「牡丹の餅」と呼ばれていた記録もあり、のちに「おはぎ」「ぼたもち」と略されて現在の呼称に定着したとされる。つまり、この菓子には長い言葉の変遷が隠されているのだ。
小豆の魅力と栄養学的背景

小豆の赤とアントシアニン
小豆の赤色は、アントシアニンやタンニン系色素による。抗酸化作用を持ち、血管や皮膚の老化防止に役立つとされる。赤飯やおはぎに小豆を用いるのは、単なる彩り以上に“力を授かる食材”としての意味があった。
小豆の収穫期とおはぎ
小豆は秋に収穫を迎える作物である。つまり秋彼岸のおはぎには「収穫したばかりの小豆を先祖に供える」という意味も込められていた。新豆の瑞々しい香りと鮮やかな赤は、秋の豊穣を先祖と分かち合う象徴でもあったのだ。
鉄分・カリウム・食物繊維
小豆は鉄分やカリウムが豊富で、むくみや貧血予防に役立つ。さらに食物繊維も多く、腸内環境を整える働きがある。現代栄養学の観点からも、おはぎは理にかなった行事食と言える。
餅米のもちもち感の秘密
うるち米と餅米の違い
普段食べるうるち米にはアミロースとアミロペクチンが含まれるが、餅米はほぼ100%アミロペクチン。これが粘りと弾力を生み、独特のもちもち感を与える。
半搗きの美学
おはぎに使う餅米は、完全に搗いて餅にせず、粒を半ば潰した状態で餡と合わせる。粒感が残ることで、舌の上で小豆餡と調和し、食感に奥行きを生む。ほろりとほどける小豆の甘さと、もちもちの餅米――対照的な二つが口内で溶け合う瞬間に、素朴ながら深い満足が宿る。
おはぎの多彩なバリエーション
粒あんとこしあん
東日本では粒あん、西日本ではこしあんが好まれる傾向がある。粒あんは小豆の皮の渋みと食感が残り、素朴で野趣ある味わい。こしあんは滑らかで上品な甘み。地域の嗜好がそのまま味の違いを生み出してきた。
きな粉・黒ごま・青海苔
餡を外側に塗るだけでなく、餅米を表に出し、きな粉や黒ごま、青海苔をまぶすおはぎもある。きな粉は香ばしさとタンパク質、黒ごまはカルシウムとセサミン、青海苔は独特の香気を加え、供物としての彩りも豊かにする。
現代のおはぎ
最近では抹茶餡やずんだ餡、さらには洋風のチョコ餡を使った「進化系おはぎ」も登場。だが「餅米+餡」という基本構造は変わらず、伝統の中に新しさを受け入れる柔軟さを見せている。
仏教的・民俗的な意味合い

丸い形の象徴性
おはぎの丸い形は「円満」を象徴するともいわれる。仏教における彼岸は、六波羅蜜を実践して悟りに近づく期間。その供物として円形の餅を供えることには、家庭円満・心身円満への願いが込められていた。
先祖供養と家庭の記憶
おはぎは単なる菓子ではなく、先祖を敬う心と家庭のぬくもりを重ね合わせる食べ物。秋の彼岸に祖母や母が丸めたおはぎの記憶は、多くの人にとって家族の絆そのものだった。
おはぎは口福の供物
秋の彼岸に供えられるおはぎは、先祖を敬う祈りと、家族の団らんをつなぐ食べ物だ。小豆の深い甘さ、餅米の弾力ある歯触り。その一口に秋の収穫の喜びと「円満」への願いが宿る。
おはぎは「供物」であると同時に「口福」であり、日本人が自然と共に生き、祖先を敬ってきた証でもある。
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